「負けない事」は「生き残る事」

WEB法話

オリンピックを目指しているアスリートがライバルの飲み物に筋肉増強剤を混入した事件がありました。
このニュースを知った時には「大変な事が起こったものだ」と驚き、そして呆れました。

筋肉増強剤を混入した選手は「どうしてもオリンピックに出場したい」との想いから犯行に至ったそうです。
大きなプレッシャーもあったのかも知れませんが絶対にやってはならない事をしてしまった訳で、8年間の資格停止処分と言う大変重たい処分は仕方のない事でしょう。

少林寺拳法創始者で金剛禅総本山少林寺開祖である宗道臣(以下開祖)は勝つ事にこだわる事には大きな弊害があるとして、人づくりの行である少林寺拳法を学ぶ者の在り方として「勝つ必要は無い、負けない人間になれ」と繰り返し説いています。

この言葉を知った私は「なんだ、負けなければ良いのか、それなら勝つよりも易しいだろう」と簡単に考えていました。

しかし、最近になってよくよく考えてみるとそんなに簡単な言葉では無いのではないかと思うようになりました。

開祖は若い頃に旧満州に渡り満州国建国の舞台裏で、陸軍の特務機関の要員としていわゆるスパイの様な仕事をしていた時期があり、正体が分かれば即座に殺されかねない場面もあったそうです。

また旧満州で終戦を迎え日本に引き揚げてくる過程で極限状況を体験しています。

ちょっとした判断ミスが死に直結すると言う厳しい状況をくぐり抜けて来たのだと思われます。

マージャンの勝負で20年間負け無し、と言う雀士の桜井章一氏は著書「負けない技術──20年間無敗、伝説の雀鬼の「逆境突破力」 (講談社+α新書)」の中で「勝ちにこだわるから欲望に支配されて醜く、卑しくなる。」と述べています。

桜井章一氏の世界ではだれかの代わりにマージャンをする「代打ち」での負けは命を落とす事につながる場合もあるそうです。
正に命がけでマージャンを打つ事もあったのだとか。
堅気の我々からは想像も出来ない厳しい世界があるのですね。

境港市出身の漫画家水木しげる大先生は南方に出征し最前線のさらに最前線に送り込まれた結果舞台は全滅、自らも左腕を失うと言う重傷を負いました。
終戦後に貸本作家をしていた赤貧の時代には原稿料を獲得するために、そして売れっ子作家になった後も人気を失い再び貧乏にならない様に必死になって作品を描き続けました。

原稿を落とせば家族と飢え死にし、人気が無くなれば赤貧生活に逆戻り、と言う常に尻に火が付いた様な精神状態であった事が著書などから推察されます。

この様な例を見てみると「負けない事」とは「生き残る事」と言い換えることができると思います。

スポーツの世界は勝つか負けるかしか無いのかも知れませんが、人生においては「勝つ事」よりも「負けない事」すなわち「生き残る事」の方が大切になってきます。

しかも長い人生の中で「生き残り続ける事」はもっと難しいのではないのでしょうか?

以前商売をして営業を続ける事が出来なかった経験があるので強くそう思います。

今一度「勝つ必要は無い、負けない人間になれ」と言う開祖の言葉を噛み締めてみたいと思います。