「ここから何を学べるか?」トラブルを成長の糧に変える心の在り方

道院長の森崎です。
昨日の修練の際、ある門下生の拳士が仕事でのトラブルについて話をしてくれました。
彼は直接の当事者ではなかったのですが、その当事者の方は上司から随分と厳しく叱られていたそうです。
職場全体の環境にも影響が出てしまい、会社にとっても大きな損害が出るほど、なかなかヘビーな内容でした。
その話を聞きながら、私は彼に一つ、コーチング的な問いかけをしてみました。
「その出来事から、君自身が気づいた事はない?」
上から目線で「それは大変だったね」「こうすべきだよ」と答えを押し付けるのではなく、彼自身の内側にある気づきを引き出すための質問です。
すると彼は、少し考えてからこのように答えてくれました。
「実は、そのトラブルにつながるような前兆が事前にあったんです。それをすぐに共有していれば、もしかしたら回避できたかもしれないな、と。やっぱり、普段からの『報連相(ほうれんそう)』って本当に大事なんだと改めて思いました」
自分で出来事を振り返り、大切な教訓を導き出せているのが素晴らしいですよね。
私は彼の答えに深く同意し、共感しながら、次のように話を続けました。
「本当にその通りだよね。トラブル自体はないに越したことはないけれど、起きてしまったトラブルから何かを学び、それが次の再発防止につながるのであれば、それは決してマイナスの要素ばかりではないよね。
要は『捉え方』の問題なんだ。
何か出来事が起きたとき、ただ『嫌なことがあった』『最悪だ』で終わらせてしまうのはもったいない。そこから『自分は何に気づき、何を学べるか』。それを一歩立ち止まって考えられるようになると、どんな経験もすべて自分の成長の糧に変えていくことができるようになるんじゃないか。」
私の言葉を聞いた彼は、「そうですね!」と納得してくれました。
実は、これは少林寺拳法の修練でも全く同じことが言えます。
修練の場では、誰もが最初から上手くできるわけではありません。
何度も何度も失敗を繰り返して、その失敗から「なぜ上手くいかなかったんだろう?」と学び、修正をする。そのプロセスを愚直に繰り返すことで、私たちは少しずつ上達していくのです。
先ほどの拳士、この日の修練で新しく教えた技の動きをスムーズに行うことができず、やってみては修正の繰り返しをしていました。
やがて、修練の終わり頃にはかなり自然に動けるようになってきました。
修練とはそんな作業の繰り返し。上手くできなかったことは「恥ずべき失敗」ではなく「修正すべき課題の発見」ということです。
つまり、失敗というのは単なるネガティブな出来事ではなく、自分を大きくステップアップさせてくれる「成長の糧」そのものなんですよね。
ここで、私は彼にさらにこんな質問を投げかけてみました。
「絶対に失敗しない方法って、何かあると思う?」
すると彼は、少し考えた後、こう答えました。
「……何もしないことです」
「うん、その通り!」
そう、何もしなければ、確かに失敗をすることはありません。
怒られることも、嫌な想いをすることもないでしょう。
しかし、同時に「成長」も絶対にしないのです。
痛い思いをしたり、壁にぶつかったりするのは、自分が前に進もうと行動している証拠。
要は、すべて自分の「捉え方」なんですよね。
人生、生きていれば予期せぬトラブルや失敗はつきものです。
しかし、それをただの「マイナスな出来事」で終わらせるか、それとも「成長のための貴重なデータ」として次に活かすかは、自分自身の心の在り方次第という事です。
日常生活や仕事で何か壁にぶつかったときは「成長のチャンス!」とニヤリとしてみましょう。
そして、「ここから何に気づき、何を学べるだろう?」と自分に問いかけてみると前向きな答えが見つかる事でしょう。











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